「人を救ひ世を救ふことを除いて宗教の社会的存立の意義があらうか」

2014年1月7日(火)更新:3
・『大聖人がこの皆様を御覧になられたならばどんなにお喜びになられるか』
http://d.hatena.ne.jp/yoshie-blog/20190522


【新・人間革命 正義 四】
 山本伸一は、世界広宣流布を推進する一方で、世界の指導者たちと本格的な対話を重ねた。特に、SGI結成の前年にあたる一九七四年(昭和四十九年)には、日中、日ソの新たな友好の道を開くとともに、中ソ紛争の解決の道を探るために、世界の指導者との対話を展開していったのである。
 彼は、この年の五月から六月にかけて中国を初訪問し、李先念副総理らと語り合った。九月にはソ連を初訪問してコスイギン首相と会談。さらに、十二月にも再び訪中して、周恩来総理と会見したのである。
 互いに敵対視し、関係は悪化の一途をたどる中ソ両国に、対話の窓を開いてもらいたいとの思いからの行動であった。
 七五年(同五十年)になると、伸一の平和行動には、ますます力がこもっていった。
 一月の六日には、日本を発ってアメリカを訪問。十日、ニューヨークの国連本部にワルトハイム事務総長を訪ねて会談した。
 ここでは、核兵器廃絶、中東問題などについて意見を交換したほか、国連の形骸化や大国のエゴによる国連の私物化を防ぐために、「国連を守る世界市民の会」をつくることを提案した。そして、青年部が集めた「核廃絶一千万署名簿」を手渡したのである。
 十三日には、ワシントンDCでキッシンジャー国務長官と会談した。
 世界の火薬庫といわれる中東の問題、米ソ・米中関係、SALT(戦略兵器制限交渉)などについて語り合った。
 伸一は、平和への対話行を続けて、グアムの「世界平和会議」に臨んだのである。
 日蓮大聖人は、飢饉や疫病等による民衆の苦悩をわが苦とされ、立正安国の旗を掲げ、広宣流布の戦いを起こされた。もし宗教が、人びとの幸福と平和の実現から眼をそらすならば、それは、宗教の存在意義を、自ら捨て去ったといってよい。
 初代会長・牧口常三郎もまた、「人を救ひ世を救ふことを除いて宗教の社会的存立の意義があらうか」(注)と述べている。
■引用文献
小説『新・人間革命』の引用文献 「創価教育学体系(上)」(『牧口常三郎全集5』所収)第三文明社
   (聖教新聞 2014-01-07)