5月5日 トインビー対談開始40周年

2012年5月6日(日)更新:2
【東西の「賢者」の出会い 混迷の社会と時代を照らし「進むべき道」を示した一書】
●日本は高度経済成長期に入っている。創価学会日蓮の教えを信奉しており、現世的な利益を否定していない。経済的に豊かになることや、学問を通して向上していくことを、肯定的に捉えている。むしろ、信仰によってまず自身の宿命を変革し、社会を変革していくことを訴えている。平和問題にも関心を持ち、日本人の精神の空白を埋める役割を果たしている。キリスト教プロテスタンティズムと最も比べやすい宗教だと思う。 (学習院大学 河合秀和 名誉教授)
●後年、SGI会長との対話が実現した際、トインビー博士は語っている。
 「創価学会に、そしてあなたに多くの批判があることはよく分かっています」「しかし、私はそのような悲壮な論難は、なんら本質とは関わり合いのないことを、よく存じております」と――。
 トインビー博士自身も、数多くの中傷を受けてきた。
 約30年もの歳月をかけた大著『歴史の研究』を世に出すと、博士の名声は世界中に響きわたった。同時に、心ない批判の嵐も巻き起こったのである。
 ある学者は、「ヒットラーは、トインビー……と同様……何世紀にもわたって大風呂敷を拡げ、自分に都合の良い事実を選んで化物めいた体系の中に詰め込んだ」と、博士をヒトラーに模した論文を雑誌に発表するほどであった。 〈ヴェド・メータ著、河合秀和訳『ハエとハエとり壺――現代イギリスの哲学者と歴史家』みすず書房を参照〉
 博士は、こうした批判にも真摯に向き合い、いったんは完成していた『歴史の研究』に、「再考察」と題した反論集を加えて発表している。
 自らが批判と戦ってきたがゆえに、博士の創価学会への透徹した眼差しは、世の中の「皮相な論難」とは無縁のものであった。
 72年、73年に実現した博士とSGI会長の対談は、75年に『21世紀への対話』として日本語版が出版。翌76年には英語版(タイトルは『生への選択』)が発刊されている。
●河合氏と、ウィルソン博士は、その場で英語版『生への選択』のページをめくっていった。そして驚嘆した。
 ウィルソン博士と私の一致した感想は、「これはまるで現代の百科辞典のようだ」というものでした。社会の混乱期には、方向性を見失った人々に対して、その時代を考察し、進むべき道を示していく百科辞典のような書籍が必ず登場します。トインビー・池田対談も、そうしたものの一つとして、目次を参照し、手にとって読み込んでいくことで、進むべき方向性が見えてくるでしょう。
●いつの時代にも、“あの人の話を聞きたい”というワイズマン(賢者)がいました。かつて皆が、アインシュタイントルストイに賢者の教えを求めたように。この対談集は、池田会長とトインビー博士という、東洋と西洋の文明を代表する2人の賢者の貴重な対話の記録なのです。
●お互いをよく知り合うことが平和への第一条件。(池田SGI会長)
●池田SGI会長は「生命の尊厳に至上の価値をおくことを、普遍的な価値基準としなければならない」と述べ、いかなる国にも核兵器の製造、保有、使用は許されないと発言。“核は絶対悪”との立場を明確にした。
●「対話を続けてください」博士の“遺言”を抱きしめて (聖教新聞 2012-05-05、以下も)

【中国 清華大学 フウホウ教授に聞く 時流を超えた歴史への眼】
●対談を読み、宗教とはどういうものかが分かりました。
 それは、私たちが生きている世界に対する考え方、特に平和、地球、周りの環境に対する考え方、そして、人生に対する考え方であるということが理解できます。
 人によって異なるでしょうが、中国人にとって、改めて考えさせられることがあるのではないかと思います。
●中国では、共産主義が信じられてきました。それが今は、お金が中心になってしまい、その弊害として人間の心も乱れてしまっていると感じます。
 ですから“貪欲、物欲”を抑えるためにも、宗教心は必要だと思います。
 自分のためだけではなく、人類の発展のため、地球のため、人間同士の愛のために生きるということ。こういう点が一番、重要なのではないでしょうか。
●池田SGI会長は対談の4年前(1968年)に日中国交正常化提言を発表し、対談でも中国との強調を強く訴えています。
 普通、人間というのは時世に流されて自分の意見を変えるものですが、池田先生は流されない。もっと高いレベルで総合的に物事を考えている。長い目で歴史を見ていると思います。
 例えば、“日本の歴史をさかのぼって考え、中国に恩返しをしなければいけない”と言われている。池田先生ほど中国との関係を考え、中国を重視している方はいないのではないでしょうか。
 心ある人間ならば、このことを忘れてはならないと思います。