御指導

〈6月11日更新:2〉

【御指導】
能登房はげんに身かたで候しが・世間のをそろしさと申し・欲と申し・日蓮をすつるのみならず・敵(かたき)となり候ぬ(P1225)』
いつの世でも「反逆者たちは、もっともらしい言辞を弄して、みずからの行為を正当化する」ものだ。
しかし大聖人は、その本質を『世間の恐ろしさ』と『欲』、すなわち“見栄”“臆病”と“私欲”である、と喝破されている。この構図は今も変わらないし、その一点さえ鋭く見破ってしまえば何でもない。広宣流布における必然の方程式であると達観していけばよいのである。
私を陥れようとする、いつもながらの同じようなパターンは、私は熟知している。(中略)だれが、どのような野心と嫉妬と欲望をもって学会を攪乱(かくらん)し、私を悪者扱いにしようとしているかは、手にとるように全部わかっている。(1988-05-22)