本当の戦いはこれからです!

2013年5月29日(水)更新:8
【響き合う魂 SGI会長の対話録 第5回 アルゼンチンの「人権の闘志」 ペレス=エスキベル博士】
 「本当の戦いはこれからです」
 アルゼンチンの「人権の闘志」アドルフォ・ペレス=エスキベル博士は語った。
 「世界平和は一代で築き上げられるものではありません。ゆえに池田博士と私は、未来を生きる青年に平和のバトンを託す思いで、対談に臨みました。
 本当の戦いはこれからです。私は創価の青年に期待します」
 2011年11月19日、博士と池田SGI(創価学会インタナショナル)会長の対談集『人権の世紀へのメッセージ』のスペイン語版の出版発表会が、首都ブエノスアイレスで開かれた。
 その席上での発言である。
      ◇
 1976年、軍のクーデターで、ビデラ将軍がアルゼンチン大統領に就任。以降、83年まで続いた軍事政権のもと、軍や警察などによって多くの市民が連れ去られ、行方不明となった。犠牲者は3万人以上といわれる。
 ある日、突然、息子や娘や夫が連行される。
 「子どもを返して!」「夫を返して!」。家族が駆け込んでも、警察や軍は「知らない」「分からない」で押し通す。
 きのうは一人、きょうは一人と、人間が消えてゆく。巧妙で陰湿な暴力は、静かに、しかし確実に社会を蝕んでいった。
 “何か大変なことが起きている”と、うすうす感じながらも大多数の市民は傍観した。関わりをもたなければ、自分に危険が降りかかることはない。メディアも体制側に同調した。
 こうした状況を、博士は「良心の封じ込め」と呼んだ。
 その裏では、恐ろしい事態が進行していた。
 連行された者には、拷問と、その果ての殺害。薬で昏睡させた後、飛行機に乗せ、生きたまま投げ捨てる「死のフライト」が、定期的に実行された。妊娠中の女性は、出産後に殺され、残された赤ん坊は、子どもがほしい軍関係者に“提供”された。
 ブエノスアイレスの中心「五月広場」に、白いスカーフを頭に巻いた女性たちが集うようになった。スカーフに青い刺繍で家族の名を書き、首から写真を下げている。行方不明になった家族の母たちである。
 博士は行進の先頭に立った。彫刻・建築家であり、ラプラタ大学教授であったが、「人間として」立ち上がらざるを得なかった。
 「傍観者となった途端、臆病に支配され、権力と暴力の奴隷と化すのです。人間としての敗北を迎えるのです。
 ゆえに私たちは、人々の内面から、人間として生きる力を解放することを目指して、人権運動を推進してきたのです」
 だが77年、ついに博士も逮捕され、「死のフライト」の当事者となる。寸前で「投下」は中止され、代わりに投獄された。
 激しい拷問。看守が連日、罵声を浴びせる。人格を徹底的に破壊すること――それが彼らの狙いだった。
 博士は祈った。それは、自らの魂に人間性を取り戻す作業だった。「生命を吹き込まれた思想と精神は、牢獄などに閉じ込められはしない」
 ある時、博士は刑務所の事務室に連れていかれた。
 「貴様は、ここでは誰でもない。ただの囚人だ」「貴様はただの番号で、名前もない。畜生!俺を見るな、俺を見るな……。目を伏せるんだ」。刑務所の副所長の怒号が響く。
 博士は相手の目を見据えた。
 「誰を恐れているんですか」
 「畜生!しゃべるんじゃない。囚人は質問なんかするんじゃない。服従するんだ。ここで質問できるのは、ただ一人、この俺様だ……」
 博士は心から哀れに思った。
 相手を恐怖で支配しようとする者たちの心は、臆病に支配されている。だが、自らの良心を裏切らなかった人間の心は、肉体を囚われても、自由の大空へ誇り高く飛翔していくのだ。
      ◇
 95年12月8日、池田SGI会長は、博士と、博士を支え続けたアマンダ夫人を、東京の創価国際友好会館に迎えた。
 自らも、不当逮捕による勾留を経験したSGI会長は、夫妻の忍耐と勝利を心から称えた。
 「ご夫妻は『芸術に生きる人生』を、そのまま歩んでおられれば、静かで平穏な人生であったかもしれません。しかし、あえて波乱多き『人権闘争の人生』を選ばれた。不幸な人を救う道を選ばれた」
 「仏法も、人権闘争です。人を救う、その現実の『行動』にこそ仏法は生きているのです」
 博士は返した。
 「牢獄で私は学びました。極限状態にあっても生き抜く力、抵抗する力を。その力とは、精神の力であり、魂の力です」
      ◇
 2人の魂が共鳴した。席上、博士から、書簡を通じて対話を続行したいとの希望が寄せられた。対談集はその結実である。
 それだけでなく博士は、日本の青年部、東日本大震災の被災者にメッセージを送り、創価大学を訪れ、アルゼンチンSGIの集いに頻繁に出席してきた。
 博士は、いつもアルゼンチンの青年に語るという。「皆さんは幸せです。池田先生という世界一の師匠がいるのですから」「池田先生が教えてくださる精神性と英知の価値観と信念を実践していくべきです」
  ――今月17日、一つのニュースが世界を駆け巡った。「ビデラ元大統領、獄中で死亡」
 かつて、民衆を弾圧した権力者たちは厳しく追及された。裁かれ、刑務所に収監された。その象徴的人物が世を去った。
 メディアは一斉に、エスキベル博士のコメントを求めた。多くのマイクを前に、博士は語った。「これからです。私たちは、より良く、より正しく、より人間的な社会の建設に取り組んでいかなければなりません」
 戦いは終わらない。世界のどこかに、虐げられている人がいる限り。
 「人間は、人間としての共通の目的を目指して進むとき、自由や平和を志向しているとき、尋常ではない能力を発揮するものです」と博士。
 「大目的に生き抜くとき、人間は計り知れない力を出すことができます」とSGI会長。
 民衆を励まし、偉大なる「善の力」を引き出す2人の共闘は、今も続いている。
   (聖教新聞 2013-05-26)