臆病物をぼへず・欲深く・うたがい多き者(p1191)

2012年2月26日(日)更新:2
・斧節『教祖の成立要件』
http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/20120225/
猜疑心と不信に閉ざされた心の眼では、真実は見えません!
●所詮不信の心をば師となすべからず信心の心を師匠とすべし(御書842ページ)
●何より信心の世界こそ、まっすぐで正直な、心と心との世界である。 (御指導、1990-07-14)
●「法華経は、『正直に方便を捨て』『皆これ真実』『質直(しちじき)にして意(こころ)柔軟に(心がまっすぐで穏やかである)』『柔和で質直なる者(穏やかで、まっすぐな人)』等といって、正直であることは、あたかも弓の絃(つる)を張ったようであり、墨縄(直線を引くための道具)をうったように、まっすぐな心の人が信ずる御経が法華経である」(御書1217ページ、通解)
 法華経を真に信じる人は、清き心の人である。心に濁りもなく、策も迷いもない。人がどうあれ、世間がどうあれ、わが生命の最極の大法にのっとって、どこまでもまっすぐに、正しき人生道を自分らしく貫いていくのみである。私どもの信心の世界は、いつも、晴れわたる青空のごとき心の世界なのである。 (同)