現実社会を変革することこそ宗教の使命

2012年3月6日(火)更新:4
 宗教は、「すべての人を幸福にするため」にあるものです。ですが、私たちの幸福を脅かす問題には、景気や環境、教育、社会、社会福祉など、個人ではどうにもならない、実際には政治が取り組むべき問題も数多くあります。
 日蓮大聖人は、「一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈るべきである」(御書31ページ、通解)と当時の為政者である鎌倉幕府に「立正安国論」を提出しました。
 一人の幸福を実現するといっても、国が間違った方向に進んでしまえば、その「一人」は不幸にならざるをえません。ゆえに、戸田第2代会長は「青年は心して政治を監視せよ」と述べたのです。
 そもそも宗教は、民主主義政治の基盤です。インドのガンジーは“宗教性のない政治は国を滅ぼす”と言い残しました。アメリカのリンカーンは“宗教を軽視する者は公職に就く資格がない”と訴えました。
 実際、欧州では「宗教政党」は一般的であり、思想・信条に基づいて「ナチズム」などに対抗してきた歴史が評価されています。
 片や日本では、無学浅識の政治家が、政党と宗教の関係を「政教一致」などと、幼稚な批判をし、大恥をかいたことがありました。
 日本国憲法の「政教分離原則」(第20条)とは、「国家の宗教的中立性」、つまり「『国家』の『宗教』への関わり方」を規定したものであり、「『宗教』の『政治』への関わり方」を定めたものではありません。むしろ、「政教一致」云々と宗教団体の政治活動を制限することこそ、憲法にある「信教の自由」(第20条) 「結社の自由」(第21条) 「法の下の平等」(第14条)を侵す「憲法違反」です。
 現実社会を変革することこそ、宗教の使命です。「この世から悲惨の二字をなくしたい」(戸田会長)――これこそ創価学会が政治に関わる最大の理由です。 (第三文明 2012年2月号)