池田博士は人間の無限の可能性を証明 次の世代よ人間革命の道に続け
2012年3月23日(金)更新:2
【フィリピン国立バターン半島大学から池田大作SGI会長に名誉人文学博士号】
フィリピン共和国の「国立バターン半島大学」から創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉人文学博士号」が贈られた。生命尊厳の擁護と教育を通じた平和建設への傑出した貢献を讃えるもの。授与式は21日、デルフィン・O・マグパンタイ学長、グレゴリオ・J・ロディス副学長、エマニュエル・C・マカレイグ学長室室長と、来賓である「イースト大学」のエスター・A・ガルシア学長、ゾシモ・M・バタッド総長らが出席し、創大本部棟で挙行された。
晴れの卒業式を迎えた学生で賑わう早春の創大キャンパス。国立バターン半島大学のマグパンタイ学長一行が本部棟に到着した。
学生の代表が歓迎。一行は池田SGI会長が世界から贈られた名誉学術称号の軌跡をたどる展示を見学した。
ふと、学長の足が止まる。そこには、恩師・戸田第2代会長の個人教授で、若き日のSGI会長が使っていた教材の数々が。しばらく見つめた後、学長は力を込めて語った。
「池田博士は、いかなる環境にあっても学び続けられたのですね。現在の世界的な平和運動の輝かしい原点を見る思いがします」
国立バターン半島大学は、ルソン島南西部・バターン半島に立つ。
1942年4月、日本軍はこの地で、約7万人の捕虜や民間人を半島南端から北方の収容所まで強制的に歩かせた。距離は約100キロ。水も食事も満足に与えられない。灼熱の太陽で皮膚が火ぶくれを起こす。マラリアや赤痢が蔓延した。この「バターン死の行進」による犠牲者は、2万人とも言われる。
バターン州の歴史委員を務めたマグパンタイ学長。調査に携わる中で日本軍の蛮行を詳細に知った。
しかし、そのたびに“平和の未来を築くための教育を”との思いが強くなっていったのである。
2007年、国立バターン半島大学の学長に就任。同大学はアジア太平洋地域の発展に貢献する人材を育成。工学や農学、教育学、社会学など9つの学部に、1万5000人の学生が学ぶ。
マグパンタイ学長が大学建設に奔走していたある日、友人であるイースト大学のバタッド総長からSGI会長の存在を知らされた。
以来、SGI会長の著作や対談集を次々と読んだ。その中で平和への熱願と具体的な行動、さらに平和実現の方途として、教育を最も重視していることを知ったのである。
「この方の思想と行動こそ、私が目指しているものだ」
学長自らSGI会長への名誉学術称号の授与を発議。その後、理事会の厳正な審査を経て、全会一致による決議に至った。日本人に対しては初の授章となる。
「平和といっても、市民一人一人がその役割を自覚し、行動していく以外にありません。池田博士が語られるように、そのために教育があるのです」
「私は、池田博士に平和の指導者の模範を見るのです!」
式典に先立ち、フィリピン高等教育委員会元議長等を歴任したイースト大学のガルシア学長があいさつ。1991年にフィリピン大学の副総長として、同大学からSGI会長への「名誉法学博士号」授与式に出席したことを述懐しつつ語った。
「池田大作博士がこの20年間、フィリピンとフィリピン国民を支え、励まし、友情を育んでこられたことに感謝したい」
「博士の平和のメッセージは、私たちフィリピンにおける教育者の心を打ち、啓発し、フィリピンに平和教育のプログラムを促進するよう励ましてくださっているのです」
続いて行われた授与式は、フィリピン共和国の国家演奏で荘厳に開幕。
マグパンタイ学長が「授与の辞」を読み上げ、SGI会長への「名誉人文学博士」の学位記を、代理の山本創大学長に手渡した。田代理事長がSGI会長の謝辞を代読した。
また、この日、マグパンタイ学長に「創大最高栄誉賞」、ガルシア学長に「短大最高栄誉賞」が贈られた。 (聖教新聞 2012-03-23)