トインビー対談開始40周年と池田SGI会長の行動の足跡(下)

2012年5月11日(金)更新:3
《文学と人生》
●“餓えた人々に対して文学は何ができるか”。かつてフランスの哲学者サルトルは、こう問いかけ、世界中で論争を引き起こした。ニヒリストは、「文学の力」に懐疑的な見方を提示していた。
 トインビー博士は対談の中で、ロシアの文豪トルストイが、読者の良心を呼び覚まし、世界的な影響を与えた例をあげる。
 また博士は、大詩人ダンテの生涯を振り返りながら、「彼は恋に破れ、さらに故郷の都市国家から追放されたのでした。もしダンテがこの二重苦を味わわなかったとしたら、あの『新生』や『神曲』は決して生まれなかったでしょう」と語る。
 池田SGI会長は「個人のなかに自由な創造的精神が生み出されるためには、人生に対する真摯な姿勢、人間の苦悩に取り組む何らかの動機がなければなりません」「そのとき、万人の心を打つ、偉大な有用性をもった文学が生まれてくるのだと思います」と応じた。
 この言葉の通り、SGI会長は逆境の中でも、友のためにとペンを執り続けた。
 1965年には小説『人間革命』の連載を開始。続く『新・人間革命』の新聞連載回数は単独でも日本一に。多数の創作童話・物語、人物エッセーなどの随筆も執筆してきた。
 また創価学園特別文化講座「大詩人ダンテを語る」など、未来を担う青少年に「文学の力」を教え続けている。
 希望を贈らんと紡いだ詩作は約600編、14万5千行。これまで「桂冠詩人」「世界民衆詩人」などの称号が授与されている。
●「私は、誉れの同志の尊き『人間革命』の軌跡を、一人でも多く綴り残していきたいと願っている。それこそ、真の活字文化への貢献であると信ずるからだ」
●なぜ、私がそこまで、翻訳に夢中になったのでしょうか?
 それは、まず何よりも、池田大作博士の全ての著作が、深い人間愛と、人間の精神的尊厳を勝ち取るための闘い、人間革命の哲理、そして、戦争や紛争ではなく対話を通じた諸問題の解決や、人類が抱える現代社会の問題解決への方途に関する深い理解に貫かれているからです。
 まさに、これらの点が、多くの読者の心にも感動を呼び起こしているのです。
 私は完成後のトインビー対談(2007年に発刊)を60人以上の友人・知人に贈呈しましたが、その反響は大変興味深いものでした。職業などに関係なく彼らの全員が、対談集の内容に深く共感するとともに、この対談集で語り合われている問題の多くが、現在においても重要性を失ってはいないという事実を指摘しました。
 また、対談集の中で語り合われている、教育や人間の内面世界、無意識、心理、意識の操作、科学と宗教、環境問題、政治・経済、戦争と平和の問題、人口増加、都市化といった多くの問題は、現代世界において、より一層深刻化しているという点です。
 この対談が特別な価値を持つのは、池田博士とトインビー博士が、率直に、かつ極めて分かりやすく、人類の過去、現在、未来について、自らの見解を述べている点にあります。
 こうした意見は、私の友人・知人からも聞きましたし、今も耳にしています。先日も、私の友人・知人の助言により、国際政治・経済関係の講座が行われているいくつかの大学の図書館に、この対談集が置かれたことをうかがいました。
 また、私の知人が、ロシア語に翻訳された文章の質の高さと優れた表現を評価してくれました。これはあくまでも、対談の内容が正確かつ分かりやすいことによるものです。それによってロシア語への翻訳がスムーズに行えたのです。
 こうして私が携わらせていただいたトインビー対談の全体的な評価をするならば、それは、対話の芸術の珠玉であると言えましょう。
 私自身、この対談集に携わるなかで、生命の永遠性というものを考えるきっかけを得ました。この本が、ロシアの読者の高い評価を得たことを心からうれしく思います。
 しかし、もっと重要であり、私が心から誇りに思うのは、翻訳というささやかな事業が、小さな貢献であるにせよ、両国民の相互理解と友好関係の強化に寄与できたことです。
 今後も、池田博士の著作の翻訳に尽力できることを念願しています。 (モスクワ大学 総長室専門分析局 ユーリー・カンツール副局長)

《人間のための教育》
●1950年代から70年代初頭にかけ、日本は高度経済成長の道を突き進んだ。
 しかし、経済発展を至上命題とするいき方は、社会にさまざまな歪みをもたらした。なかでも教育は「学歴主義」に偏重。人間の価値を学歴ではかり、人間の幸福のために寄与するという本来の教育の使命から、ほど遠い状況となっていた。
 そのような時代の中で、池田SGI会長は、政治や経済の道具となってしまった教育を、「人間としての基本的なあり方」「人間存在の根本」を明らかにし、伝えるためのものにしていくべきだと主張。
 トインビー博士も、教育は欲得に振り回されるものであってはならないとし、「人生の意味や目的を理解させ、正しい生き方を見いださせるための探求でなければならない」と訴える。
 二人の対話は生涯教育の大切さや、机上の学習だけでなく、人間が生きていくための知恵を社会で学ぶことの重要性にも及ぶ。
 人間はいかにあるべきか、人生をどう生きるべきか。教育の目的は、こうした根本命題を示し、次代を担う人材を育てていくためにある――SGI会長は、この人間教育の理念を具現化し、創価教育の学府を各地に創立してきた。
 そのネットワークは、東京・関西の創価学園創価大学のほか、アメリ創価大学、ブラジル創価学園、香港創価幼稚園など世界に広がる。
 またSGI会長は、アメリカ・ハーバード大学、フランス学士院など世界の名門大学・学術機関で講演を。その数は32回にのぼっている。
 さらに、大学総長ら教育関係の識者と未来を開く対談も。
 ロシア・モスクワ大学のログノフ前総長とサドーヴニチィ総長、韓国・国立済州大学のチョムンブ元総長らとの語らいは、対談集に結実している。
●今から10年近く前になりますが、トインビー対談を学ぶ講義を担当していました。
 創立者の世界との対話の出発点であり、その思想の深さに多くの刺激を受けてほしいとの思いからでした。
 学生たちは、読めば読むほど、創立者とトインビー博士の知識の広さと見識の深さに感動し、学問への志を高くしていたように感じられました。
 トインビー博士は、一流の歴史家であるだけでなく、偉大な思想家だといえます。
 実際、『21世紀への対話』は、現代世界が直面する重要課題を広く論じ、一定の解答を与えているという意味で、一つの「思想」の書であります。
 1960年代、70年代は、近現代が生み出した制度や価値観の「限界」が露(あら)わになった時代でした。ベトナム戦争は泥沼化し、中国では革命の嵐が吹き荒れました。南アフリカアパルトヘイト(人種隔離)や、公害問題も噴出しました。
 対談は、そうした諸問題を前に、識者の多くが解決不可能だと悲観論に陥っていた時代に行われたのです。
 対談集の中で、戦争を「絶対悪」と断じている箇所があります。
 私たちが生きる世界では、学者や政治家の多くが、問題には「できること」「できないこと」があると考えます。理想は分かるが、現実はできることから手を出していこうと、落ち着いてしまうものです。そうなっていくと、徐々に信念が薄れていく。できなくても仕方がない、となってしまいがちです。
 二人の語らいには、「できないと諦めるのではなく、“必ずできる”と強き信念で進むのだ」との心が響き合っています。
 そこには、人類の未来を何としても開いてみせるとの強固な意志があります。そして、世界平和への揺るぎない確信があります。まさに「21世紀への対話」です。
 要するに、単なる知識人の対話ではない。人類の問題を打開する「行動の人」の対話です。
 今日の世界も、二人の対談が行われた時代とほとんど変わっていません。戦争も貧困も、根本的な解決はなされていません。諦めの思考停止が蔓延している。そういう現代だからこそ、青年に読んでもらいたい。
 対談を貫く「人間主義」、つまり国家や組織のための人間ではなく、人間が幸福になることが一切の焦点と考える思想は、混迷の現代にこそ大いなる輝きを放つからです。
 未来への力強い希望に満ちたトインビー対談は、今を生きる私たちへの励ましのメッセージなのです。 (創価大学文学部 前川一郎教授)
      (聖教新聞 2012-05-10)