「隠す文化」でなく「オープンにする文化」に

2012年5月17日(木)更新:10
【文化 ライフストーリーワーク 子どもたちの物語を紡ぐ】
〈自尊心を取り戻す〉
 今、児童福祉の分野でライフストーリーワークという言葉がブームになっています。「ライフ」とは生活や人生、「ストーリー」は物語、「ワーク」は作業です。ライフストーリーワークは、子どもたち自身のこれまでの生い立ちを振り返ることにより、自身の人生の物語を作ることができ、不安だったり疑問だったりしたことが、すとんと子どもの心に落ち、今の生活に納得でき、未来の人生を考えることができるようになるものです。
 そういった作業を信頼できる大人と一緒に時間をかけて行うことが、今必要となってきています。
 親から分離され、児童養護施設や里親宅で生活している子どもたちは、現在日本に3万人以上います。
 その主な理由としては親の児童虐待により分離された子どもが一番多く、施設や里親宅に保護され、安全の確保が第一とされ、そこは安心して生活できる場となっています。しかし、取りあえずの安心、安全の生活の場は確保されたとしても、児童福祉の現場はまだまだ子どもたちのウェルビーイング(よりよい幸せな状態)には程遠い状態になっています。
 それには、虐待のトラウマ(心的外傷)から解放され、人との愛着関係を取り戻し、親子関係をやり直し、そして、何より子どもたちが生まれてきて良かったと思えること、つまり自尊心を取り戻すことが必要だとされています。

〈伝え方には工夫も〉
 ライフストーリーワークは、この子どもたちの自尊心を取り戻す方法として、最も有効な取り組みだと思われます。子どもたちが親から分離された理由やその親自身についての情報をきちんと聞かないと、子どもたちは自分が悪い子だったからここに来たというファンタジー(空想)をもってしまいがちです。
 また、思春期になり、混乱がひどくなっている原因に、そうした根っこの部分がぐらついていることが関係しているとも考えられます。
 そうした点から、子どもが「わたしの親ってどこにいるの?」「わたしが悪い子だから親は会いに来てくれないの?」と考えている時、子どもが伯母さんを親と思いこんでいる時などにライフストーリーワークをスタートするのがよいでしょう。そして、親や親族の関わりがなくとも、他の人々(保育士や学校の先生など)に大切にされてきたことを知ってもらうことを目標にしてもよいでしょう。
 イギリスでは、1989年にできた児童法ですでに、親から分離された子どもたちは全員、ライフストーリーワークの実施が必須となっています。子どもの知る権利をきちんと確保したお国柄でしょうが、日本も子どもの権利条約を批准しており、第7条に生みの親が誰かを知る権利、第8条に家族関係など自分は誰なのか、知る権利があると謳われています。
 性同一性障害は法律もでき、カミングアウトする人たちも増えていますし、養子の告知も日本には戸籍があり、それを見れば養子とわかり、小さい頃からの真実告知が進んでいます。隠す文化よりも真実をオープンにしていく文化は、人間関係を柔軟性のある、よりしっかりしたものにするのではないでしょうか。
 どんな酷な真実であっても子どもは信頼できる大人がサポートすれば、乗り越えていけるという価値観に裏打ちされ、イギリスでは成果を上げているという報告があります。
 まだまだ日本ではチャレンジの段階ですが、少しずつ実践の広がりが見えています。

〈家族の歴史を説明する〉
 一般の家庭でも、両親が離婚した経験のある子どもは、離婚についてきちんと説明されないと、自分があの時悪い子だったから、親が離婚したと考えてしまう傾向があります。昨今、ステップファミリー(子連れ再婚家族)が増えつつある中、家庭でも子どもの気持ちをサポートする必要があると思われ、ライフストーリーがきちんと整理される必要があるでしょう。しかし、課題もあります。安易に進めるのではなく、リスク診断もしながら、月に1、2回時間や場所を決めて実施します。
 例えば、親に捨てられた子であったとしても、「あなたは捨てられたのではなく、あなたの親は17歳で出産し、自分で育てたかったけれど、その当時お金もなく、助けてくれる人もいなかったの。生まれたての赤ちゃんは3時間おきにミルクをあげ、おしめを替え、毎日お風呂に入れ、育児にとても手がかかるし、お金もかかるの。自分では育てることはできない、ここにおくと危険になってしまうと、お母さんは判断して、あなたを安全な乳児院に託してくれたのよ」と説明すれば、施設に預けられた理由がすとんと入るのです。
 今後は日本全国でライフストーリーワークを実施できるよう、マニュアルやトレーニングなどが必要で、実施するための方策、人員配置も含めた検討が望まれます。また、一般家庭にいる子どもたちにも、家族の歴史の中で起こったさまざまな出来事について説明をすることが子どもの心の安定につながると思われます。
◎才村眞理編著「ライフストーリーブック」(福村出版)は、生い立ち等を書き込むことで自身の物語ができ上がる
 さいむら・まり 著書に『生殖補助医療で生まれた子どもの出自を知る権利』(編著、福村出版)などがある。
      (聖教新聞 2012-05-15)