わが友に贈る・寸鉄 他

2012年5月20日(日)更新:3
【わが友に贈る】
 広宣流布とは 人と会うことだ!
 仏縁を広げた分だけ わが心の財は輝く。
 対話の華を爛漫と! (聖教新聞 2012-05-20、以下同)

寸鉄
●各地に「新会館」が続々。堂々たる学会興隆の象徴 地域と友情の連帯を更に
●きょう岩手の「女性の日」「青年部の日」。幸福薫る理想郷建設へ! 団結固く
●人々の内面に光を与えるのは言葉以外にはない―詩人(グルントヴィ)。励ましは「万の力」
●「子にすぎたる財なし」御書。未来部へ“わが子”の如く声援を。皆で育成
●あす金環食。肉眼で直接観測などは厳禁。失明も。天空の劇を楽しく安全に

【地域貢献の広宣城 各地で開館式 茨城・新鹿島文化会館 奈良・榛原文化会館】
●師弟の天地から広布新時代の旭日を!
●1982年(昭和57年)2月、池田大作名誉会長は、第1次宗門事件の嵐に歯を食いしばる鹿島の同志のもとへ。以来、友は師との原点を胸に、幸福の輪を地域に広げてきた。
 30年の師弟勝利の歴史を寿ぐかのように、この日、澄みわたる青空が広がった。
●「誉れの“師弟の城”から創立100周年へ、勇んで前進します」

【世界の知性は語る 地球を「慈悲の共鳴」で包む モンゴル国家賞受賞作家 D・バトバヤル モンゴルに薫る風 SGI会長の著作を読んで(2)】
●どんなに素晴らしい展示だったことか。喜びの色いっぱいに咲いた桜、涅槃に入ったブッダのごとき富士山、穏やかな海に沈む太陽、岩の上に白い絹を広げたような滝……その立派な写真展のパンフレットは、今も私の手元にある。これらの素晴らしい写真を、日本の啓発家・教育者・平和活動家・詩人である、池田大作という尊敬すべき人物が撮影したことを知り、私は世界的な賢者の一人を知ったのである。
●その後、池田氏の詩にふれる機会には恵まれないままだった。しかし、昨2011年、日本の創価学会の協力により、モンゴル語で発刊された『わが心の詩』に出合い、私の精神は喜びに沸き立った。尊敬すべき方の、優れた本に出合うことは、古(いにしえ)からの運命であろうと私は思う。池田大作氏の“心の詩(うた)”に出合えた自身の運命を喜びたい。
●思わず「これは私の故郷、私の草原だ。私のモンゴルを、書いてくれたのだ」と胸のうちで叫んだ。否定する余地もない。
●わが故郷の秋風は、まさにこの通りである。それを詠ってくれたのだ。
 このような詩が、同詩集には少なくない。特に風について書かれた詩がいくつもあることは驚くべきことだ。
●吹く風は、四季の流れの中で、八つの色彩と、十二の気性を見せる。
●わが草原の風こそが、我らの勇気を鼓舞してくれるのだ。
 我らは、モンゴルの風を愛する。風が好きな人々を、我らは敬愛する。
●自然や地球の美を見つけ、その美を崇め、褒めたたえることにおいて、私たちの心は皆同じだ。
●私たちの感情、思想、希望、憧れが共通しているので、池田大作氏のこの詩集は、私を感動させ、活力を与えてくれた。
●日本の詩人の「心の旋律」は、わが胸のうちに響く。この響きを私は慈悲の共鳴と申し上げたい。なぜなら、詩人・池田大作氏は、
 反響(エコー)は 反響を呼びあい やがて 壮麗な交響曲を奏でる
 と、「革新の響(ひびき)」の詩に綴った。慈愛あふれる彼の心の詩を、現代モンゴルの詩人たちが声を合わせて詠っている。
 私たちが皆、平和を大切にし、自然や地球の美を心の底からたたえる時、美しい日本国と美しいモンゴル国は永遠に栄えるだろう。日本とモンゴルが美しいなら、地球も美しいままであるはずだ。

【信仰体験から見える幸せのカタチ 第2回 父の貫く旅路】
●「夢中になれる君はすごいね!」「輝いてるね!」
●そんな私にも、「腹を決めた」時がありました。昭和42年の4月9日。池田先生との記念撮影会です。先生が、私の肩をポンポンとたたいて、「広宣流布のために、退転しないで頑張るんだよ」と。うれしかったですねぇ。一生に残る数分……。
●何の体験やったかな。同じように工場で働いて実証を示した人のことが書かれとった。こげん変われるんなら、やらないかんと。
●“そうや、信心で立ち上がらんと”って。
●70を超えると、どっかは体が悪くなるけど、毎日体操するから健康ですよ。それに、顔見知りに会うと、まず心が元気になるでしょう?
●私にとっての幸せ? 「生命の充実感」だね。使命を果たそうと燃える命。これは、どれだけお金があっても、買えないからね。池田先生にも「心の財が第一」と教えていただいたのでね。最近は喫茶店で、じっくり俳句のことを学ぶのも楽しみ。
●「お金も何もなかったけど、一家の姿で信心の実証を示すという意地だけは、持ち続けてきたんよ」
●御書には「『主君に仕えることにおいても、仏法に尽くすことにおいても、世間における心がけにおいても、大変に素晴らしい』と人々の口にうたわれていきなさい」(1173ページ、趣意)と。
 人が知ろうと知るまいと、自分のことを多くは語らなくとも、この指針を心に定め、誓いを貫いて生きている。それが「創価の父」の、一つの誉れなのではないか。取材を終え、そう感じずにはいられなかった。

【親が子に語る物語 少女が灯した明かり 皆を幸せにする信心の真心】
●「おしゃかさまが、とうとい教えを、説いてくださるそうだ」
●「王さまが、たくさんの油で、明かりをともし、山の中を、明るくしてくださるそうだ」
●「わたしも、おしゃかさまに、明かりをさしあげたいわ!」
●お店のおじさんは、やせてみすぼらしいナンダを見て、びっくり。
●「油を売ってください!それを、大好きなおしゃかさまに、さしあげたいのです!」
●まっ暗な山の中には、王さまが とどけた油の明かりが、たくさん ともっています。ナンダは、自分の明かりを、そっと はしのほうにおきました。
 王さまの明かりに くらべれば、ナンダの明かりはとても小さく、今にも消えそうです。ナンダは、心の中で、真けんにいのりました。
 “この明かりが、いつまでも、明るく、ともりますように!少しでも、おしゃかさまの、お役に立ちますように!たくさんの人が、とうとい教えを聞き、幸せになりますように!”
●夜中のことです。すなをまきあげ、大風が ふき始めました。その風は、王さまの明かりを、つぎつぎと ふき消します。
 ところが、どうでしょう。ナンダの明かりは、ゆらゆら ゆれても、決して消えません。それどころか、ますます、いきおいをまし、あたりを明るく照らし始めました。
 びっくりする人びとに、おしゃかさまは、話し始めました。
 「この明かりは、ただの火ではありません。ナンダの信心の真心が、光りかがやいているのです。だれも消せない、いのちの明かりなのです」
 大喜びしているナンダに、おしゃかさまは、力強く、約束してくれました。
 「ナンダは、大きくなったら、たくさんの人を幸せにする、りっぱな ほとけさまに、なれるでしょう!」
●ナンダが供養した明かりは、ささやかなものでしたが、“一切衆生の救済を目指す仏の大願に連なり、自身もその行動に尽くしたい”との願いが込められていました。その誓いこそが、明かりが消えなかった最大の要因なのです。