事故調査から見えてきた再生可能エネルギーへの転換

2012年11月2日(金)更新:4
【災害と文明 事故調査から見えてきた再生可能エネルギーへの転換 北澤宏一科学技術振興機構顧問 (福島原発事故独立検証委員会委員長)】
《「安全神話」が支えた原子力 過信が過酷事故引き起こす》
〈原子炉は未完成の技術〉
福島第一原子力発電所の事故において、停電で冷却水供給が途絶えた後に、原子炉は停止したけれども、燃料棒が熱を出し続け、メルトダウンを起こし、放射性物質を環境に放出しました。その意味で、これらの原子炉は未完成の技術で設計されているといわざるをえません。
福島第一原発事故放射能漏れをともなう過酷事故に拡大した原因は電源の喪失から始まりますが、日本では他国で生じるような停電は起きないとの過信がありました。そのため、過酷事故への備えや対処がなされなかったのです。


〈信頼失わせた情報隠匿〉
●事故後、専門家、科学者が黙したことには衝撃を受けました。100%確実な情報を伝えることが不可能だったことには間違いありませんが、そのために専門家個々人が部分的でも情報を出してはならないムードができていました。専門家としての説明責任を果たさなかった「科学者」への信頼は大きく失墜しました。
 また、原発事故では、国による情報公開の在り方が問われました。大事に際し、国が迅速で力強い指揮をとることで、国民の支持を得る絶好の機会でもありました。ところが、反対に信頼を失ってしまいました。国民が知りたい時に必要な情報が、むしろ隠匿されたからです。その最初はメルトダウンが問題とされた時期でした。
 SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の予測結果は、放出された放射性物質の絶対量が確定できないため、正確な値が出せず、すぐに公表できなかったと説明されています。しかし、実際に汚染地域の放射能の実測に出掛けていた事実、米軍の無人航空機を用いた測定データがあったことなどを考えると、ある程度の確かさで情報は得られていました。SPEEDIの運用者、予測結果を受け取った関係者は、規則は守ったものの、住民を守るという使命感に欠けました。
 「調査・検証報告書」には、原子力委員会の近藤委員長らがまとめた「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描(そびょう)」も掲載しました。この“最悪のシナリオ”のシミュレーションは、福島の事故の規模が原発から半径250キロに避難地域が拡大する可能性があることを示していました。事故後、このような情報が公表されず、隠匿されるなかで、官邸がいかに極限の不安、恐怖のなかにあったかが想像されます。


〈省エネ対策から脱原発
●報告書が明らかにした事実から、他の代替エネルギーが可能であるならば、原子力は可能な限りの速さで減らさざるを得ない技術であることを、私自身、確信しました。原子力は電力全体の3割近くを占めていました。それを置き換えていけるのは、省エネルギー再生可能エネルギーの導入です。
●しかしながら、技術を持ちながら、日本は再生可能エネルギーの国内導入に対し怠惰で消極的だったと言わざるをえません。


《「国家百年の計」考える自覚で 再生可能エネルギー 西欧では電力の2〜4割に成長 絆をつくれば可能性は広がる》
〈未来へ役立てる機会に〉
●西欧の国々が再生可能エネルギーを電力の2〜4割を賄う基幹エネルギーの一つとして育ててきた、まさにこの時期に、福島第一原発事故は起きました。日本はこの不名誉で不幸な事故を人類の未来に役立てる機会として生かさねばならないと思います。
 ヨーロッパが本格的に再生可能エネルギーへの転換をスタートさせた数年前に比較して、その価格は急速に下がり、その導入は現在ずっと有利になってきています。
●例えば各家庭や気の合う仲間、地域と都会をつなぐ仲間などの協力を得ることも必要です。日本の電力は国民一人当たり平均1キロワットの使用量です。まず個々人が家庭の屋根に太陽光パネルを載せることが有力な一歩です。
 私は日本の農家の復活の有力な方法として、農家一軒につき300平方メートルの太陽光パネルを設置することを勧めたいと思います。農家の所得倍増につながります。初期投資は電力を享受する都市部住民10人程度が協力を参加します。“農電業”を通じた地域と都市の絆づくりにつながります。現在のFIT価格では7年程度で投資回収が図れ、その後は発電全体がもうけになります。寿命はすでに30年以上が実証されていますので、成功事例が知られるようになるにつれ、パネル設置面積は拡大し、総発電量の底上げが可能になると見ています。
 また、海に囲まれた国土を生かすには、洋上風力発電が有望です。船舶を有し沿岸地域で生活を営む漁村地域が主導、メンテナンスを行い、都市部住民がそれを投資・支援する“漁電業”の絆をつくることで、可能性は何倍にも広がると思います。


〈安心・安全の観点から〉●再生可能エネルギー設備の導入に必要な投資は年間5兆円程度です。この負担に対し、産業界は難色を示しています。しかし、1970年代のオイルショックの時、日本の企業は「負の投資」とされた脱硫・脱硝装置や省エネ製造工程への環境投資をやむなく進めました。実は、それがその後の、現在まで続く日本産業の強みになりました。再生可能エネルギー産業はこの6年間で10倍という急拡大を示し、2010年には全世界で20兆円産業、原子力よりもはるかに大きな巨大産業になってきています。
 しかも、日本国民の平均的投資余力は世界で最も大きいのです。私たちは自身の生きがいを求め、教養や見識を深め、人生を豊かに楽しく過ごすため、それ相当のお金をかけています。日本のGDP国内総生産)は500兆円ですが、レジャー娯楽関連の支出は年間70兆円近くもあります。また、世界トップの体外純資産を有し、民間企業の社内留保金も増え、どちらも250兆円を超えているのです。西欧が既に達成した電力の20〜40%までの再生可能エネルギー導入は日本は速やかに達成できる投資余力を持っています。
 今回の不幸な原発事故を教訓とし、国民生活の安心・安全という観点から、私たちはエネルギーを選択すべきです。今こそ、既存の利益や既存の産業だけに惑わされることなく全世界の状況を見つつ、「国家百年の計」を考えるべき、大きな変革期に立っているとの自覚が日本政府と国民に必要ではないでしょうか。
   (聖教新聞 2012-10-30)