八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり

2012年11月6日(火)更新:2
【名字の言】
 小川洋子さんの小説『博士の愛した数式』。第1回「本屋大賞」を受賞し、映画化もされた。事故で新しい記憶が80分しか持たない数学者の「博士」。忘れないように書く膨大なメモ。そんな博士と、親しくなった母子の心温まる小説だ▼先日、取材で、認知症などがある高齢者の暮らすグループホームを訪れた。居間で、将棋をしたり、テレビを見たり、にぎやかだ▼入居者の姿を、ニコニコと目を細めて見ている男性がいた。職員かと思ったが、入所者だという。親しく話をしてくれた。しばらくすると、「ちょっと待ってや」とノートに何か書き始めた。「記憶が30分しか持たへんので、書いとかんと。『聖教新聞の記者』さんやったね」。症状が出た時、絶望したという。薬を飲んだか、食事をしたか、全部忘れてしまう。職員のアイデアでノートを取り始めた▼居室に行くと、積み重なったノートが。合わせると身長を超えた。「全部、金の思い出。読み返しては、こんな人生生きてるんやと、いっつも感動する」▼御書に「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(563ページ)と。日々活動する我が身に、どれほどの思い出と経験が蓄積されているか。そして、今日のページには、何を書き込めるだろうか。(哉)
   (聖教新聞 2012-11-01)