文化 古民家、京町家から考える

2013年2月9日(土)更新:4
【対談 東洋文化研究者 アレックス・カーさん
公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会 学芸部長 杉本歌子さん】
●杉本 うちは商家という、暮らしの始末を大切にする家です。
 ですから、これ見よがしに華美にするというよりも、うんと抑えられ、引き締められたなかで、自分たちの世界をいかに広げるかという建て方です。その家を生かす暮らしを続けています。
 カー 古民家や町家には、独特の季節感や空間感覚があります。
●杉本 古民家は、おおらかで、温みのある懐のような感じがします。生活感がありますし、「みんなで分かち合いましょう」という精神があるように思うのです。入りやすいと言いますか、外からの人間を受け入れる力を感じます。

〈季節感や空間感覚を大切にしてきた日本〉
 ――古民家と町家に共通する感覚や美意識には、どんな点がありますか。
●杉本 うちの場合は座敷などに使われている柱は全て黒く見えますが、これは煤(すす)と丹(に)を混ぜたものを刷り込んで磨いてあるのです。だから、黒さの奥にかすかに赤みを感じます。これが厳格な空間に潜む深みを生み出しています。
●カー 日本には、どこへ行っても統一された住居感覚があると思います。
 杉本 何でもあからさまにすることを好まないというのも、今おっしゃった住居感覚の一つかもしれません。
●杉本 障子越しの日差しが、一日の暮らしに穏やかに馴染んでいるのです。それは、じわっと明るくなったり、またじわっと暗くなる移ろいに身を置くということだと思います。そして、そのことを美しい、または楽しいと感じることです。
●杉本 初夏には新緑となった庭の木々の葉の色が障子に映えて、障子を黄緑に染めているように見えます。
 そういうかすかな兆しを受け取って、見えない気配を感じ取っていくのも、古い家で過ごす時に得られる感覚だと思います。
●カー 町家も桂離宮も、祖谷の茅(かや)葺きの民家も、一番深いところの精神は同じかもしれません。

 ――近代から現代にかけて、古民家も町家も、その多くが失われていきました。
●カー 近代化の流れのなかで、プライドを持たなくなった影響があると思われます。京都の場合は、古き良き京都が、貧しくて、文明的でない。それは恥だという思いが強くなってしまったのではないでしょうか。
 杉本 特に明治になって、都も何もかもが東京に移って、時代が変わろうとする時に、文明を取り込んでいかなければ立ち遅れてしまうという危機感と劣等感があったのかもしれませんね。
 カー また、そういう家の使い方、楽しむ方法が分からなくなった。大きな車を持っているのに、鍵を持ってないようなものです。動かし方が分からないからお荷物になってしまう。
 古い家に出入りしていると、自然と品物の良しあしが分かってくるのです。京都の人は厳しいんですよ。毛氈(もうせん)の質だとか。
 杉本 さりげなく触って、うちに帰ってから、いろいろ言わはる(笑い)。
 カー そうでしょう(笑い)。でも、それがあったから京都の伝統産業が磨かれてきたのです。
●杉本 でも、辛抱は少し必要です。私が辛抱できるのは、先祖の後ろ姿が見えるからです。古い家は、お金では絶対に買えない「時の流れ」を持っています。その「時の流れ」に自分が入っていく気持ちになれればいいと思うのですけど。
 カー 今は「美」が鍵を握っています。少子高齢化が進み、これからは美しいかどうかが、経済の発展やコミュニティーの存在にも関わってくるでしょう。住む家としての町家や古民家の再生も、どんどん進むのではないかと思います。

〈カー 古いものの中にこそ「モダンパワー」がある
杉本 有形のものを残すため無形の「暮らし」をつなぐ〉
 ――そういった暮らしの感覚を取り戻し、磨くには、何が大切でしょう。
●杉本 うちでは先祖が残したもんばかり使わせてもらっていますが、室礼の後、一晩ぐらいは目の端で見て、頭の隅で考えるのです。そうすると、家の方が「この空間にいらんもんがある。うるさいで」と教えてくれるのです。
●杉本 では、どこを削るか。家の声を聴いて、その家の空間が持っている質(たち)に合うよう、自分の「ああしたい」「こうしたい」を引き算していくのです。
 カー 大切なのは「思い」です。とにかくやってみる。お客さんが来る時に、ちょっとでいいから「この人のためにどうしたらいいかな」と考えて、お皿に花びらを一つ置くだけでもいいのです。
 杉本 そのために、変えてはいけないところをきちっと見極められる力を育てることですね。私たちが先祖の文書を大事にしているのは、その精神をちゃんと受け取ろうということなのです。
●カー 日本や中国では、巻き上げたり折り畳んで片付けられるようになっていて、ずっと飾りっぱなし、置きっぱなしにはしません。時季に合わせて選んで、入れ替える。それがお客さまに対する「思い」なのです。
 杉本 時代の移ろいとともに形は変わります。大事なのは、それを形作っているのは何かということを見極めることです。
 この家の有形の部分を残すためには、暮らしという見えない無形の部分をしっかりとつないでおくことだと思っています。
●カー ヨーロッパの人たちは、古い家に住んでいるからこそ素晴らしいモダンアートを生み、モダンな建築物が設計できました。古いものの中にこそモダンパワーがあるのです。
 その意味で京都は非常に恵まれています。杉本家は残ったし、町家もまだ、あちこちにあります。ホープはありますよ。
 杉本 今の若い子たちが「空気を読む」とか「読まない」と言うでしょう。やっぱり日本人だと思うのです。気配を読むって、一番難しいことじゃないですか。これは日本人が大切にしてきた奥ゆかしい美に通じる感性です。空気を読める若者は、まだ現代にいる。新しい息吹に期待したいと思います。
   (聖教新聞 2013-01-30)