ここが使命の場所と決め、こつこつと積み上げた信頼と熟練の山

2013年2月16日(土)更新:3
【名字の言】
 日本映画の鬼才・溝口健二監督は名作「山椒大夫(さんしょうだゆう)」を撮る際、安寿と厨子王の母親役を演じる田中絹代さんに“やせ衰えた感じがほしい”と伝えた。田中さんは食を減らし、撮影に臨んだ▼全場面を撮り終え、あとはセリフの吹き込みだけ。田中さんは安心したのか、こっそりステーキを食べた。その声に監督が苦言を呈した。「肉を食べましたね」。声の響きの変化をも見逃さない監督の五感は、作品への執念が磨き上げたものだろう▼先日、いつも通っている理髪店に出向いた。先月は忙しく、出先で散髪したことを告げると、店主である壮年部員は「見れば分かりますよ」とほほ笑んだ。手掛けた髪形だけでなく、カットしている時に交わした会話や表情も覚えている、と話した▼「ここはね、店を出る時には髪だけでなく、気分も爽快になるんだよ」と、順番待ちの常連客が一言。心配事を相談すれば一緒に悩み、解決すれば共に喜んでくれる。頭が軽くなる代わりに、心にぬくもりをもらえる。そんな店だから、足が向くのだという▼壮年は、使命と定めた“わが道”で「誠実」を貫いてきた。ここが使命の場所と決め、こつこつと積み上げた信頼と熟練の山。その高みを仰ぐのは、いつであれ、いいものである。(著)
   (聖教新聞 2013-02-16)