希望は自ら創り出せる。諦めない限り、希望はある

2013年4月3日(水)更新:4
【名字の言】
 「自転車に乗れるようになったんだよ」。ある日、少女から告げられた。誇らしげにペダルをこいでみせる。その姿を、少女の祖母が目を細めて見守っていた▼“自分にも、こんな日があったな”。遠い日の記憶がよみがえった。父に教えられ、補助輪を外した自転車をこいだ。何度か転んだが、諦めなかった。初めて風を切って走った。空でも飛べたかのような高揚感があった▼子どもの成長は早い。昨日できなかったことが今日できるようになる。子育てに格闘し、ほっとしたころ、子は巣立っていく。忙しい悪戦苦闘の日々が黄金の人生の思い出に変わる▼東日本大震災で自宅を流され、仮設住宅で暮らす婦人部の友がいる。4畳半の部屋に、母子3人で“川の字”になって寝ている。震災時に中学3年生だった長女は、4月から高校3年生。陸上が得意で、2月、東京マラソンも快走した。最近、頼もしくなったわが子の寝息を聞きながら思う。“川の字で寝られるのも、いつまでだろう”と▼未来の展望は簡単には開けないだろう。だが、かけがえのない日々を送ろうという思いがあれば勇気が湧いてくる。境遇を嘆くよりも、「今を全力で生きよう!」と。希望は自ら創り出せる。諦めない限り、希望はある。(應)
   (聖教新聞 2013-04-03)