思いを伝える力は声に及ぶべくもない

2013年8月16日(金)更新:3
【名字の言】
 日本で黙読の習慣が定着したのは、明治以降というのが通説だ。明治10年ころまでに「新聞縦覧所(じゅうらんしょ)」という施設が各地につくられ、そこで人々は新聞・雑誌を朗読したり、討論したりしていた。「新聞雑誌などの印刷物はあくまでも演説や討論の材料に過ぎず、声によるコミュニケーションこそが主体であった」(「明治の声の文化」森洋久)▼人間が言葉を獲得して以来、言葉とは「声」を通して発せられるものであり、文字が発明された後も、文字は声と切り離せなかった▼昨年、亡くなった名優・大滝秀治氏は、役づくりに入ると、24時間、台本を手放さなかったという。徹底的に読み込み、せりふを“自分の言葉”にした▼ある先輩に、氏は言われた。「台本の台詞の活字が見えるうちは、まだまだ『台詞』だと。活字が見えなくなって初めて台詞が『言葉』になる。つまり、舞台は言葉だ」(『長生きは三百文の得』集英社クリエイティブ)▼携帯メールが爆発的に普及し、声を媒介としない意思疎通の機会が増えた。それはそれで便利なものだが、思いを伝える力は声に及ぶべくもない。相手を励まし、勇気と希望の言葉を心の奥まで届けようと思うなら、会って、話すことだ。読書に、加えて対話にも励む夏を。(敬)
   (聖教新聞 2013-08-06)