わが子を思う母親の深き愛は、母親自身の精神の強靱さを培っていく

2013年12月9日(月)更新:1
・『母は強い。母は一途である。母は勇敢である。』
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【新・人間革命 若芽 三十七】
 一九七七年(昭和五十二年)の十一月の下旬、新一年生の入学選考が行われた。
 有竹富美枝は、事前に正義には、「あいさつだけは、しっかりしなさいね。あとは、わからないことは、わからないと言えばいいのよ」と、言い聞かせておいた。
 富美枝は、子どもの正義と一緒に、会場の創価中学・高校へ向かった。
 開校をめざして建設が進む、東京創価小学校を目の当たりにすると、“なんとしても、わが子をこの学校に入れたい”という、強い思いが湧き起こった。
 彼女は思った。
 “うちは経済的には、決して楽ではない。しかし、子どもは、この創価小学校で学ばせ、立派に育てたい”
 でも、“入学はできないのではないか”という気がしていた。小学生の子をもつ近隣の母親たちから、“私立の小学校は、どこも、家柄のよい、富裕層の子弟しか入学させない”という噂話を、耳にしていたからだ。
 “それが理由で入学できなかったら……”と思うと、面接の順番を待っている間も、目に熱いものがあふれて仕方がなかった。部屋の片隅で、何度も涙を拭った。
 選考の結果、正義は合格となった。富美枝は、小躍りしたい気持ちであった。貯金をはたいて、入学金や制服代などに充てた。
 大いなる希望と、“本当に生活していけるのだろうか”という不安をかかえながら、正義の入学式に出席した。
 制服に身を包んだ、体の小さなわが子を見た時、彼女は、“これからが私の戦いだ。頑張り抜いてみせる!”と強く心に誓った。
 わが子を思う母親の深き愛は、母親自身の精神の強靱さを培っていく。
 正義が入学してほどなく、知人から、「会計事務所が、事務の人を探している。そこで働いてみないか」という話があった。
 条件もよさそうなので、転職することにした。勤めてみると、仕事量は多いが、給料はそれまでの三倍近くになった。
   (聖教新聞 2013-12-03)