私の決意

〈悪との戦い〉

【御書と御指導】

■『(悪人と戦わないがために)悪を増長させて、善人を悩ませ、正法を破壊させてしまえば、(中略)その悪人たちと共に、地獄に堕ちてしまう』(P.1374)
「悪」と戦わなければ、「善」ではない。何も恐れず、また人を頼らず、一人、厳然と立ち上がっていただきたい。広宣流布の達成のために、仏意仏勅の創価学会の前進のために、大切な会員同志を守るために、心を炎と燃えあがらせ、一人、猛然と進んでいくことである。(1998-03-21)

■極悪と戦う者は、極善となる。御善の功徳は、無量であり、金剛不壊のわが身となる。これが、釈尊、そして日蓮大聖人のお約束である。
大聖人は、『悪法によって人を地獄に堕とすであろう邪師を見ておきながら、その悪を責め、明らかにしないならば、その人はかえって仏法の中の敵となる』と断じておられる。
人を地獄に堕とす邪師を責めなければ、わが身が仏敵となる、との厳しい戒めである。悪を責めなければ、自分が悪の味方となってしまう。ゆえに、中途半端ではなく、徹底して戦うしかない。(1993-12-25)

■仏法には“時”がある。“時”を違(たが)えぬことが成仏のカギである。御書に仰せのとおりの法華経の“敵”が現れた時、その時こそ最大の好機なのである。三世にわたる自身の幸、不幸の軌道を決定してしまう。退けば地獄、前へ前へと勇んで進めば、常楽の大境涯である(1991-08-11)


〈決意〉

「あれ?この人は信心がおかしいぞ」と、気付いたのが去年の秋。そして、「さも信心があるかのような発言をしているが、信心も人格も、完全に狂っている」と、はっきり解ったのが冬。にも関わらず、その間、言い切っていかなかったが為に悪を増長させてしまった。このことを今、反省している。
その後、正義を叫んでからも、悪の本質をまだ十分に解りきっていなかったがゆえに、破折から折伏に変えた時期もあった。でも、この方向転換は大きな間違いだった。甘かった。悪人はすぐに何度でものさばるからだ。全て御書にあるとおりだった。
『想像を絶する邪悪な本性』そして『反省ができない良心のなさ』と『自分勝手な妄想癖』――。醜い本性を嫌というほど知ってしまった今、もう遠慮はしない!!御書と御指導の仰せまま、声をあげ続ける!!
自分の卑しさを隠し、正当化するための発言・言葉は、先生の御指導通り、“全て自身の悪と動揺を語っているにすぎない。また、黒い欲望達成のための姑息な発言・言葉を、こうしている今日も続けている。
何も知らずに信頼を寄せる尊い同志の方々を欺く、全ての行為を絶対に許さない!!!!
それが同志と先生を守る、私の責任と使命の一つだと思っている。やるぜ!!


〈動画〉

Micro 「Rebelation」!!!!

http://www.youtube.com/watch?v=9WP70OpvtRw&sns=em



〈6月1日更新〉