彼等は野干のほうるなり

◎ブログ「斧節」を斬る!4
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【御聖訓】
■各各師子王の心を取り出していかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず師子の子又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり(P.1190)
【御指導】
■「一つ」言われたら「十」言い返せ!─戸田先生
日蓮大聖人は、三位房等の退転者に共通する生命の本質を、次のように指摘されている。『臆病で、求道心がなく、欲が深く、疑い深い者たち』と。
これは、自分を守るのに汲々として、広宣流布しようとか、和合僧を広げようとか、そういう思いはなく、貪欲で、猜疑心が強い人間のことである。これまでの、退転、反逆の輩の言動を思い起こしてみれば、だれしも、なるほどと納得できよう。また立場や役職が上であるほど、退転し、反逆した場合の影響は大きいし、その罪も、重く深い。(1991-10-17)
■仏法の眼(まなこ)で見れば、自分より上位の者に責められる、迫害されることが「法華経の行者」の証明である。日蓮大聖人はこう仰せである。
『上が日蓮を責められるからこそ、日蓮法華経を信じていること(法華経の行者であること)がはっきりと目に見えてわかるのである。』(P.950)
「上」、すなわち、地位においても、権威・権力においても、自分より上位の存在に迫害されることによって、法華経を正しく行じている一つの証明となるのである。(中略)自分より「下」の者にいろいろと批判されるのは、「法華経の行者」の証明とはならない。「上」の人から弾圧されて、初めて本物なのである。(1991-03-09)
【わが友に贈る】
創価の世界は善の力の結合だ。民衆の安全地帯だ。青年たちよ断固と護りゆけ! ─2008年12月11日─


12月11日更新:2