真の幸福は誓願に生き抜く中に

2012年5月22日(火)更新:2
【教学論宛 師と共に誉れの青春を】
〈竜女の釈尊への誓い〉
法華経には、師と共に誓いに生き抜く喜びを高らかに宣言したドラマが描かれています。提婆達多品に説かれる「竜女の成仏」がそうです。
●誰も竜女の成仏を信じることができませんでした。
●竜女自身が姿を現し、釈尊に「仏だけが自分の成仏を知ってくださっています。私は大乗の教え(法華経)を開いて、苦悩の衆生を救ってまいります」(法華経407ページ、趣意)と誓うのです。
 この竜女の誓願について、池田先生は「たとえ、傲慢な者たちが、自分を認めなくともかまわない。師匠である釈尊は、すべてをわかってくださっている。竜女には、この大いなる確信があった。妙法に生きゆく師弟不二の生命は、強く、尊く、そして朗らかである」と述べられています。
 法華経に脈打つ精神。それは、「如我等無異」(我が如く等しくして異なること無からしめん、同130ページ)に象徴されるように、“どんな人をも仏である自分と同じ幸福境涯にしてみせる”との大慈大悲にほかなりません。
 この釈尊の大境涯に対する共鳴が、竜女の心を歓喜で満たし、“自らも釈尊と同じく、万人成仏の法である法華経を弘めていこう”という誓いとして結実したといえるでしょう。

〈「一心を見れば仏なり」〉
●竜女は、宇宙大の価値にも等しい、一つの「宝珠(ほうしゅ)」を取り出して、釈尊に捧げます。そして、その場にいた舎利弗らに向かって「あなたの神通力をもって、私の成仏の姿を観なさい。私が悟りを得たことは、この宝珠の受け渡しよりも、もっと速やかなのです」(法華経409ページ、趣意)と叫びます。
 池田先生は「竜女が師・釈尊に手渡した宝珠は、わが生命に具わる仏性である。その宝珠を、師・釈尊は莞爾(かんじ)として受け取ってくださった。それは、竜女の仏性が、まぎれもなく、仏の生命と一体であることを示している」と教えてくださっています。
 仏の大境涯に迫ろうとする竜女と、それをほほ笑みをもって全て包み込む釈尊。この師弟が織りなす美しき絵巻は、池田華陽会の歓喜の前進と重なります。
 大聖人は、私たちが毎日読じゅしている法華経如来寿量品の「一心欲見仏 不自惜身命」(一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまず、同490ページ)の「一心欲見仏」について、「一心に仏を見る」「心を一にして仏を見る」「一心を見れば仏なり」(御書892ページ)と三重に読まれています。
 だれよりも真剣に仏を求める求道心が、そのまま仏の心となって現れる。師を求め抜き一生懸命に戦う弟子の心は、既に師匠と同じ仏の境涯をあらわしているのです。

〈「心の財」を積む挑戦〉
●自身の心の中に、仏の生命が本来、具わっている――。このことは、今年の女子部重点御書の一つとなっている「一生成仏抄」の中で、日蓮大聖人が繰り返し教えてくださっています。
 「衆生に本来具わる妙理とは妙法蓮華経のことです。ゆえに、妙法蓮華経と唱えれば衆生に本来具わる妙理を自身の生命の中に見ていることになるのです」(御書383ページ、通解)
 仏の生命といっても、どこか遠くにあるのではない。自身の胸中に、もともと具わっており、題目を唱えることで湧現させることができる。“今いる場所で”“ありのままの姿で”幸福境涯を築いていけるところに、私たちの仏法の真随があります。
 このことを、池田先生は、小説『新・人間革命』「人材城」の章で教えてくださっています。
 「本当の幸福は、自分で創り上げていくものだ。誰かから与えられるものではない。自分の外に求めた幸福は、時とともに、いつか崩れ去ってしまう、束の間の幸福である」
 「日蓮仏法では、過去の宿業を今生で転換し、絶対的幸福を築く直道を明かしているのだ。しかも、自身のあらゆる『宿命』は、それを転換して幸福の実証を示し、人びとに希望と勇気を与えるための、尊き『使命』となることを教えているのである」
 私たちが歩む“創価の道”にこそ、何があっても揺るがない幸福があります。
 この絶対の幸福の軌道を進むために、「心の財」を一つ一つ積みゆく挑戦こそ学会活動です。
 たとえ、どんなに目立たない、地味な挑戦であったとしても、広宣流布の師匠の大願に連なる実践であるからこそ、そこに計り知れない歓喜と功徳が生まれるのです。

〈夢は「師匠の夢の実現」〉
●誓いに生き抜く人間がいかに偉大か。
 誓いに生き抜く人生がいかに崇高か。
●戸田先生、そして池田先生の思想と行動を学べば学ぶほど、自分自身の誓いは強く、深くなっています。
 そして、悩みにぶつかるたびに、原点に立ち返り、誓いを思い出し、学会活動に励む中で、毎日がこれまで以上に充実し、生命が躍動するのを実感します。
 悩みがないから、人を励ませるのではない。悩みを乗り越えたら励ませるということでもない。たとえ悩みのど真ん中にいたとしても、唱題を重ねて絶対に負けない生命力を湧きたたせ、人を励ましていける強さが自分自身に具わっている

〈華陽の姉妹と楽しく〉
●ただ待っているだけでは分かりません。
 勇気を持って、一歩踏み出せば、いかなる悩みも、最高に幸福な人生を歩むための糧になります。
 悩みに立ち向かう中で、自分にしかない使命を自覚するとともに、同じ境涯に引き上げようとしてくださる師匠の心を知ることができます。
 池田先生は、創価女子会館初訪問の際に、私たちに呼びかけてくださいました。
 「私は、わが人生の総仕上げのこの時、『華陽の誓い』を抱いて踊り出てこられた女子部の皆さんに、不思議な縁(えにし)を感じてならない。宝の中の宝である皆さんに、広宣流布の未来の一切を託していきたい。私と妻は、そうした祈りを込めて、皆さんを見守っている」
 まもなくこの初訪問から3周年となる6・4「世界池田華陽会の日」を迎えます。
 師の期待を胸に、立ち上がるのは今!「ちかいし願やぶるべからず」(御書232ページ)との御聖訓を命に刻み、真の幸福の道を堂々と歩み抜いてまいります!
      (聖教新聞 2012-05-22)