「決意即行動」で挑め

2012年6月23日(土)更新:1
【御書とともに〈82〉名誉会長が指針を贈る】
 夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已(すで)にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり、まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり (寂日房御書、902ページ)
〈通解〉 およそ人間の身を受けることはまれである。すでにまれな人身を受けている。また、あいがたきは仏法であるが、これもあうことができた。同じ仏法の中でも法華経の題目にあいたてまつり、結局、南無妙法蓮華経の題目の行者となった。まことにまことに過去世で十万億の諸仏を供養した者であろう。

《同志への指針》
 深き宿縁によって、人間として生まれ、あいがたき仏法に巡りあえた我らである。この人生が、いかに尊いことか。空しく過ごして、断じて悔いを残してはならない。
 一つ一つの苦労が「今生人界の思出」となり、金剛不壊の「心の財」となる。仏法の世界に無駄はない。「決意」を即「行動」として、わが人生を“勝ち戦”で飾りゆけ!
      (聖教新聞 2012-06-23)