「民衆重視」「アジアとの共生」「人間尊重の文明の再建」を

2012年9月29日(土)更新:6
日中国交正常化40周年 金の橋よ永遠なれ 早稲田大学 西川 潤名誉教授】
●ここで、尖閣諸島問題に現れるように、なぜ日中間に対立が厳しくなり、両国関係が悪化しているかについて簡潔に見ておこう。
 これには両国の国内問題と、国際環境の変化の二つの条件が関わっている。
 まず国内問題では、日本でも中国でも、グローバリゼーションの進展を通じて、国内の貧富の格差が拡大し、労働環境も不安定化してきた。
 さらに自然環境の悪化で、中国では、毎年のように干ばつ、あるいは洪水に襲われている事情もある。人々の不安や不満が増大し、それが外へ向けられがちである。
 グローバリゼーション下の不安は、中国も韓国も同じであり、日本もそうである。
 これと関連して、国際環境の変化がある。
 アメリカの新・太平洋戦略に日本が追随している状況が「新・中国封じ込め戦略」と映り、中国の神経を尖らせている。
 一方、中国では高度成長の反面、資源問題が切実となり、石油、鉱物資源、食料等、資源輸入が激増している。東シナ海黄海海洋資源の重要性が一段と増してきていることも事実である。
 こうした時点にあって、44年前の池田提言を振り返るとき、それの持つ重要な現代的意義が浮かび上がってくる。
 一つには、池田提言は、国家関係がこう着しているときに、教育や文化など、「民衆の交流」が新しいアジア社会の形成に貢献し得ることを示した。
 国家は多様な利害関係の上に成り立っているので、ややもすれば支配的な権益を前提として動き、新しい時代を自ら切り開くことが難しい。
 「安全保障」という名の政治的・軍事的対立に逃げ込みやすい。それは既得権の対立にほかならない。
 名誉会長は、アジアに伝統的な「共生」の思想を再考することが重要であることを指摘した。
 国家やナショナリズムのしがらみから離れ、一人一人の人間がお互いに正面から向き合うとき、人は自由な発想が可能になる。
 民衆交流によって、個々の人間が他者の境遇、困難を正確に理解し、お互いに共感を通わせることから、名実共に世界平和に貢献し得る、次代の新しいアジアを担う思想が生まれてくる可能性があるだろう。
 第二に、人は物質的な利害関係にとらわれているとき、精神的、人間的価値を忘れがちである。
 高度成長期の日本がそうだったし、現代の中国にも、こうした面があるように見受けられる。
 だからこそ、60年代の高度成長期の真っただ中に名誉会長が、「人間の本当の姿を見よ」と指摘したことは非常に重要だ。
 自分の欲にとらわれていると、人の姿は見えなくなる。周りが皆、手段、物に見える。だから、お互いに対立する。
 今、日本も中国も相手の一面、つまり、拳を上げたところしか見ていない。だから、なぜ拳を上げたのかということを見ていかなくてはいけないと思う。
 すでに日本は低成長期、ポスト成長期に入った。「3・11」の原発事故以降、人々の考え方も急速に変わり、「つながり」とか、「絆」といった人間的価値、コミュニティーの価値が見直されてきた。
 中国でも近年、「和諧(調和)社会」が重視され始め、単なる経済成長にとどまらず、社会の発展への関心が生まれてきた。
 さらに中国も現在、高齢化社会が急速に進行し(2000年に65歳以上人口は総人口の7%だったが、2025年には14%となる。なお日本は現在23%)、間もなく日本を追って、総人口、生産年齢人口も低下を始める。
 近年の生態系悪化により、干ばつ、洪水、砂嵐等、天災が増加していることもあり、自然環境も厳しさを増している。
 中国にとっても、高度成長から、環境保全に配慮した持続可能な成長へと向かう時期が数年内に訪れる。
 こうした日本の低成長、中国の持続可能な成長時代への移行は、物質やマネーにとらわれている部分を見直し、人間を尊重する文明、人間中心型の経済社会のあり方を発見する方向に向けて舵を切り替える上で、よいきっかけとなるだろう。
 また、そのように人を尊重し理解しようとすることから始めれば、話し合いの余地も生まれてくる。
 それこそが、日本の高度成長期に池田提言が示した方向性にほかならない。
 第三に、中国は日本がアメリカの「代理人」として行動することを警戒している。
 40数年前の池田提言を貫く自主思考、アジア重視、民衆ベースの考え方に真剣に立ち返る時期であろう。
 そのためには、日本は自分の内なる大国追随文化を見直し、ASEAN東南アジア諸国連合)等、中小国と歩調を一にして、大国にはアメリカ、中国、ロシアを問わず、国際社会で対等のメンバーとして、建設的な協力と提言を行っていくべきである。
 日本がアジアの中小国と共に歩むことは、アメリカをも含めた国際社会からの尊敬につながるに違いない。
 池田提言、日中国交回復から40年余、日中国交は正常化され、アジアでの平和基礎は確立した。
 その後、冷戦体制は崩壊し、中国などアジア諸国の興隆の時代が訪れ、日中関係も大きく変わった。
 しかし、新しい時代に日本外交は、変化するアジアの現実に大きく立ち遅れている。
 ここに、池田提言が指し示す、民衆重視、自主思考の確立、アジアとの共生、世界平和、人間中心の文明の再建、という強力なメッセージが持つ現代的意義が存在する。
   (聖教新聞 2012-09-28)