この主君のために命を失うことは、露、塵ほども、惜しくはない!

2013年2月16日(土)更新:5
【新・人間革命 勇将 四】
 船で海上に逃げた平氏と、屋島を押さえた源氏は、海と陸との矢合戦となった。
 平氏は、義経に矢を射かける。義経重臣たちは、自ら盾となって主君を守ろうとして、奥州の佐藤三郎兵衛継信(ひょうえつぐのぶ)は、左の肩から右の脇を射貫かれてしまった。
 戦の渦中であったが、義経は継信を陣の後ろに担ぎ入れさせ、自分も馬から下りた。憂いに満ちた顔で、彼の手を取った。
 「三郎兵衛、加減はどうだ」
 継信は、力を振り絞って答えた。
 「何を思い残すことがございましょう。殿が世に出られてご活躍されるのを、見ずに死ぬことだけが無念に思われてなりません。
 弓を取る者として敵の矢に当たって死ぬことは、もとより覚悟のことでございます。
 しかも、『源平のご合戦に、奥州の佐藤三郎兵衛継信という者が、讃岐国(さぬきのくに)の屋島の磯で、主君のお命に代わって討たれた』と、末代までも語られるであろうことは、今生の誉れです。冥途の思い出にございます……」
 継信は義経にとって、奥州から付き従ってきた最愛の臣下である。語りながら次第に衰弱していく継信を見て、彼は涙にむせぶ。
 そして、手厚く弔わせたのである。義経は、この弔ってくれた者に深謝し、鵯越(ひよどりごえ)での戦いでも乗った大切な愛馬と、金の装飾を施した鞍(くら)とを与えたのである。
 命を懸けて主君を守り、忠義を尽くし抜いた継信。その臣下に、真心の限りをもって報いる義経――武士たちは涙して誓う。
 「この主君のために命を失うことは、露、塵ほども、惜しくはない!」
 義経軍の強さは、実に、この主従の絆の強さにこそあった。それは、単に主君と臣下という立場上の関係から生じたものではない。人間としての信義と情愛、信頼と尊敬によって培われた魂の結合であった。
 さらに、義経に仕えることを誉れとする臣下の勇猛心が、死をも恐れぬ強靱な主従の絆をつくりあげていたのである。心と心が結ばれてこそ、真正の団結が生まれるのだ。
■参考書籍  『平家物語』杉本圭三郎訳注、講談社
   (聖教新聞 2013-02-16)