すがすがしい勤行で日々を前進

2013年8月1日(木)更新:4
【社説】
 夏季友好期間に入り、家族で過ごす時間も増えてくる。夏休みを迎えた未来部員や、わが子と一緒に、この夏は信心の基本を確認してみてはどうだろうか。
 勤行・唱題は“生命の充電”であり、幸福の土台を築く。
 日蓮大聖人は「仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり」(御書992ページ)と仰せである。曲がった体の影が斜めに映るように、信心がおろそかになると生活も進むべき軌道を外れることは、多くの体験が示している。「信心即生活」「仏法即社会」である。
 信心根本に進む中で、あらゆる努力が生きる。夢や希望を実現する力が湧き、人生の勝利が開かれる。その要諦が朝晩の勤行・唱題の実践なのである。

〈胸中に仏界の生命を涌現〉
 大聖人は唱題行について、「たとえば映りの悪い鏡も磨いたならば、輝く玉と見えるようなものである。今の私たちの一念が無明に覆われて迷いの心である時は磨いていない鏡であり、これを磨けば必ず法性真如の明鏡となるのである」(同384ページ、通解)と仰せである。
 勤行・唱題に励めば、現実社会にあって、いかなる苦難にも負けぬ、強い自己を築いていける。日々の勤行・唱題は、妙法という大宇宙のリズムに自身を合致させ、胸中に仏界の生命を涌現させゆく厳粛な儀式である。
 一遍の題目にも、限りない功徳がある。「少しでも、題目を唱えていこう」「毎日、御本尊に祈っていこう」と挑戦を続ける心が尊い
 勤行の姿勢に、信心が表れる。だが、緊張し過ぎることはない。苦しければ苦しいまま、うれしければうれしいまま、ありのままの心で御本尊に向かう時、全てを幸福へのエネルギーにしていける。

〈地道な持続で大樹と育て〉
 大事なのは、“祈って人生を勝ち開こう”との一念である。また、具体的に祈りを定めて行うことである。
 池田名誉会長は『法華経 方便品・寿量品講義』で綴っている。
 「勤行・唱題は、大樹に育つための『根』です。毎日の勤行・唱題の積み重ねは、木を強く太くする。一日一日の変化は目には見えないかもしれないが、日々の養分によって、いつしか大木となる。その地道な持続の中に、絶対に崩れない幸福境涯ができあがっていくのです」(『池田大作全集』第35巻)
 朗々たる勤行・唱題で生命力を満々とたたえ、最高の思い出の夏を送りたい。
   (聖教新聞 2013-07-27)