詩 走れ 誓いを果たすため

2013年8月11日(日)更新:6
【池田名誉会長 桂冠詩人の世界 メロスのごとく 真っすぐに 走れ 誓いを果たすため】
●聳え立つ絶壁を越え 荒漠(こうばく)たる天の原野を踏み 暗闇の森林を抜け ただ前に疾駆(しっく)する 若者メロス
 ただ彼は走る 友との金剛の契りを果たすために 信頼の譜(ふ)の証しを示すために 彼は至純(しじゅん)の心を抱きながら 前に走る
 青い樹々を見ず にぎやかな街並みをわすれ 銀の雲を仰がず 黒い風の如くメロスは走りゆく
 川の波の中も大股で メロスは進む 真実の衣装に包まれながら なにか得体の知れぬ 巨(おお)いなるものに合掌しながら 彼は ただ走り続ける
 それは この世の死への疾走 そして 悠遠(ゆうえん)の蘇生への疾走
 若きメロスよ! 君は偽りと惑わしに充(み)ちた この人の世を もっとも高尚にして美しく 潔癖な 確かなる稀有の実在に転換したのだ 人間のある限り 永遠に響く「真実」の曲を残したのだ
 その強い真実は 何処(いずこ)にあったのか――濁流を泳ぎぬいた体力にあったのか 山賊を打ち倒した武勇にあったのか
 いな! すべてが本質を衝(つ)いていない ふと 心を横切る疲労の悪夢に 厳しくも打ち克(か)った 汝自身の胸中の制覇にあったのだ
 なつかしい故郷への未練 あたたかな団欒への愛着 その何ものにも屈せざる勇者を ひとたびは倒した内なる最悪の敵―― その時 かれは 己れの挫折を肯定し 堕落と遊戯へと ひそかに誘う 自らの心の迷夢(めいむ)と 交流したにちがいない
 しかし メロスは起(た)った メロスには 縹渺(ひょうびょう)たる夢幻(むげん)の甘美(かんび)を超えゆく 熱い正義の青年の情熱があった
 彼は勝った 自らに勝った
 古来 転向者(てんこうしゃ)の道には 断ちがたい浅薄(あさ)い恩愛(おんあい)の縛(ばく)に 堪えがたき苦痛の恐怖に 一歩淋しく後退した時 さらに己れを後退させる あの自己正当化の論理がある
 私は―― その弱さを嗤(わら)いたくはない その未練を嘲(あざけ)りたくはない その怯(おく)れを責めたくはない
 誰がついてこなくともよい すべてを客観視しながら 深く静かに端座しながら 私は 己れの使命に目を凝らして 正義の波に向かう者の戦列に加わりたい
 だが 私は言いたい 友を捨てた安逸には 悔恨の痛苦(つうく)が 終生離れぬだろう さびしい頬笑みを滲ませながら 片隅に悲しげに生きるよりは むしろ真実の死を選びたい
 一人でもいい すべてを呑みこんでやまない あの雪崩に抗(あらが)うものがなかったら 「真実」は永劫未来に敗北をつづけ 歴史は架空と虚妄の羅列と化すだろう
 私は銘記したい 真の雄大な勇気の走破(そうは)のみが 猜疑(さいぎ)と策略の妄執(もうしゅう)を砕き 人間真実の 究竟(くきょう)の開花をもたらすにちがいない と
 (一九七一・一〇・三一 太宰治走れメロス』を題材
 『池田大作全集第39巻』所収 「メロスの真実」)
 

●「私は、信じられている。……私は、信頼に報いなければならぬ」(太宰治走れメロス』より)
 池田名誉会長は1971年10月、高等部へ詩「メロスの真実」を贈った。友愛と信義、そして、自身に問う信念と正義を貫く生き方を伝えている。
 94年5、6月、名誉会長はロシア・欧州の各国を訪問。激務の合間に友のもとへ、励ましの道を駆けた。初訪問のボローニャ(イタリア)では、次の地ミラノへ向かう名誉会長を見送りに、求道の同志が駅に駆けつけた。その真心を忘れない――桂冠詩人は走り出す列車の窓越しにシャッターを切った。
 私たちも、「誓いの道」を真っすぐに走る勇者でありたい。
   (聖教新聞 2013-08-04)