永続する思想は逆境から生まれる

2013年12月2日(月)更新:4
【きょう小説「人間革命」執筆開始49周年 アメリカ実践哲学協会会長 ルー・マリノフ博士 「自分の中に想像以上の力がある」ことを教えたSGI会長】
《西欧の宗教 人間は弱いもの 慰めを必要とする存在
 創価の哲学 人間は強いもの “今”“ここ”で変われる》
 〈立ち向かう気概があるかどうか〉
●クラシックの精髄の一つとして知られる、ベートーベンの交響曲第九番は、シラーの詩(「歓喜に寄(よ)す」)に啓発を受けて作曲されたものです。ナポレオン戦争によるヨーロッパ世界の深刻な対立と破壊を目の当たりにしながら、なお、人間の共生を信じ抜こうとする強き信念の発露であったのです。
 まさに仏法の「変毒為薬」の法理が示すように、逆境という毒こそが、永続的な価値の創造のための薬となるのです。
 毒を用いて薬を作るのです。毒が存在しなければ真の変革は起こらないとさえ言ってもよいでしょう。
 問題は人々に、困難や逆境に立ち向かおうとする勇気や気概があるか否か、ということです。現代人にそれが失われてしまっていることを私は恐れます。
 誰かが何かをしてくれることに淡い期待をかけ、それが裏切られると他人や社会を恨み、やがては無気力の病幣に侵されていくことを危惧するのです。

 〈新鮮な響き〉
●西欧の多くの思想家は、全ての人間に共通する死の恐怖、未知なるものへの恐怖の克服の方途を宗教に求めました。
 宗教は、人間の弱さを容認し、慰めを与えるものとして尊重されてきた、と言ってもよいでしょう。現代の哲学も、また心理学も、そうした精髄風土を踏襲しているのです。
 それだけに、人間は価値ある強き存在であると最大に評価し、たたえる創価の思想は、人々の心に実に新鮮に響くのです。
 しかも、その価値を実感し実現する場は、彼岸の宗教にありがちな“いつか”“どこか”ではなく、“今”“ここ”でと訴える現実変革の思想であることにも、人々は共感するのです。

《希望の光を 精神の剣を 民衆のため 同志のため 平和のため》
 〈正しく継承する知者がいてこそ〉
●戸田第2代会長のビジョンを世界に発信し実現しようとするSGI会長の、弟子としての揺るぎない決意に心打たれたのです。
 そのビジョンをSGI会長は、一人一人を励ます粘り強い実践を通して伝え、実現してきました。
 その励ましの真髄は、「人間には、その人が考える以上の可能性が内在する」ことを深く気づかせてくれることにあります。
 人々が、自身に内在する偉大な価値を発見し、鼓舞し、開花させていくよう、会長は励まし続けてきたのです。その真価は、世界の識者との対談にも見事に発揮されております。

《他者に尽くす誓願 ここに真の自己実現の道が》
 〈利他の心深める理想の共同体〉
●誓いには大別して二つあると思います。
 一つは、個人の救済のみを願う心根に発する誓いです。
 こうした誓いは“自己中心的な誓い”というべきものです。
 もう一つは、他人の幸福に尽くそうとする利他の精神に根差した誓いです。
 ここで明確にすべきは、利他と自己犠牲は、決して一体のものではないということです。
 むしろ、他人への奉仕のなかにこそ、真の自己実現の道があり、幸福の源があるのです。
 まさに、仏法で説く大乗的な誓いこそが、真の誓いであり、人間の生き方の真髄もそこにあるのです。
 そして、その誓いは当然、他人や社会を視野に収めたものであるがゆえに、社会のなかでこそ行動に移されねばなりません。
 ここで私の言う社会とは、人々が道を誤ることなく、正しく生きることができるよう啓発し続ける精神の共同体のことです。
 さらには、各人の他者への献身をたたえ合い、確認し合うことのできる励ましの共同体のことです。
 利他の精神は、そうした共同体のなかでこそ深められ、多様な価値を創造する力として磨かれていくのです。
 私は、その理想を、創価の共同体に見るのです。
 そこには、「人間は全て価値ある存在である」との健全な楽観主義が脈打っております。
 互いを磨き、高め合う生命のエネルギーがみなぎっております。
 その楽観主義のエネルギーこそが、自身の幸福を築き、社会へと歓喜の輪を広げゆく源となっているのです。
 そして、SGIが現実社会に深く根を張り、共感に満ちた利他の実践を貫く限り、新たに誕生した「広宣流布大誓堂」は、平和とヒューマニズムの共感を世界に広げゆく殿堂として輝き続けていくことでしょう。
   (聖教新聞 2013-12-02)