宇宙は美しい。地球は美しい。 そして人間は美しい!

2014年2月8日(土)更新:3
【響き合う魂 SGI会長の対話録 第26回 ロシアの元宇宙飛行士 セレブロフ博士】
 「私には『誕生日』が四回あるのです」
 ロシアの元宇宙飛行士、セレブロフ博士が笑った。
 「死を覚悟した三度のときを、新たな生を受けた『誕生日』だと思っているのです」
 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長との対談集『宇宙と地球と人間』の一場面である。
 4回の宇宙飛行。10回の船外活動。宇宙ステーションで373日間、宇宙に滞在した。その間、3度の決定的危機があったという。
 1度目は1983年4月、2回目の宇宙飛行。宇宙ステーションとのドッキングに失敗し、衝突事故を起こす寸前だった。
 「レバーを下ろせ!」。セレブロフ博士のとっさの判断で、博士の乗った宇宙船「ソユーズT8号」は、宇宙ステーションをかすめるように通り過ぎていった。
 2度目は93年9月16日、6回目の宇宙遊泳のとき。なんと、博士の命綱が外れてしまったのだ。
 「外れているぞ!」と船長が叫ぶ。「そんなことは、わかっている」と博士。必死にステーションの一部にしがみつき、宇宙の藻くずとなる運命を免れた。
 3度目は94年1月14日。宇宙船「ソユーズ」に乗って、ステーション「ミール」の近くを飛んでいた。すると突然、制御レバーが効かなくなった。ソユーズが、秒速1メートルでミールに近づいていく。
 偶然、ソユーズはミールのアンテナに引っかかった。衝撃が和らぎ、博士のいた居住区の壁が破壊されずに済んだ。
 宇宙船は、最高水準の技術の塊のようなものである。そこに乗る船員も、知能、体力ともに優れたエリート中のエリート。博士自身、100以上の技術知識テストを受け、4度の手術をした。
 それでも宇宙では、予想外の緊急事態に見舞われる。宇宙飛行士に最も必要な資質は何か――。
 博士は語った。「『人間としての品性』をもっていることです。つまり、ずるいことや卑しいことをしない『高潔な人格』です」
 「重要なご指摘です」とSGI会長。「最先端の技術を要する分野でも、いな、だからこそ、『尊敬』や『感謝』といった心が大切である。納得できるお話です」
 虚飾、利害、巧妙心――そうした余計なものを抱える余裕を、宇宙は与えてくれない。「人間力そのもの」が試される空間なのだ。
       ◇
 “もう一つ、大切な要件があります”と博士は言った。「それは『ユーモアのセンス』です」
 置かれた状況を笑い飛ばすくらいの度胸が必要ということである。SGI会長との会見でも、当意即妙のやりとりに、博士のその資質が、いかんなく発揮された。たとえば、こんな具合である。
 「ロケットの打ち上げの時は、どんなお気持ちでしたか」
 「“苦しい訓練がやっと終わった!”という喜びでいっぱいでした。一度、飛び立てば、毎秒毎秒、うるさい上司は遠ざかっていきますし……」
 2人の出会いは2000年10月6日。ロシア宇宙科学アカデミーの「在外会員証」、ロシア宇宙連盟の「ガガーリン記念メダル」を授与するために、博士が東京牧口記念会館(八王子市)を訪ねた。
 詩情あふれる「月光の丘」を望みながら、1時間半の語らい。
 この日、博士は述べていた。
 「今こそ、我々は『地球は人類共通の家』という『宇宙の哲学』を打ち立てる時代に入りました。私たち宇宙飛行士は、この哲学を広める責任があります」
 SGI会長は語った。
 「『宇宙の哲学』が今こそ必要です。それは即『平和の哲学』であり、『生命の哲学』であり、『人間の哲学』だからです。『宇宙』に向き合うことなくして『地上の平和』は確立できません」
 この時、対談集の発刊へ、対話を続けることが合意された。
 03年1月の再会(東京の聖教新聞本社)を経て、04年に日本語版が完成。ロシア語版は06年、モスクワ大学出版会から発刊された。
       ◇
 「美しい光景も見ました。醜い光景も見ました」。宇宙から見た地球の姿を、博士は語った。
 地平線から太陽が昇る時、沈む時の荘厳さ。アフリカ大陸からマダガスカル島へ続くコモロ諸島は、青の中にちりばめられた貝殻のように美しかった。
 一方、その美しい地球を、人間が痛めつけている事実も、手に取るように分かった。ブラジルの熱帯林を焼く煙、ロシアの南ウラル地方で、老朽化した工場が周囲を汚染している様子……。
 「われわれ地球の住民は、同じひとつの宇宙船に乗った乗組員です。同じ空気と水、エネルギー資源を分かち合うべき乗組員です」
 博士自身、多くの宇宙飛行士がそうであるように、「宇宙からの視点」を得て、地球のかけがえのなさ、生命の尊さ、宇宙に存在する厳然たる秩序について、深く思索するようになった。
 全ロシア宇宙青少年団「ソユーズ」の会長として世界を回り、子どもたちに「宇宙的視野から地球を見る大切さ」を伝えてきた。
 そして56歳で出会ったのが、SGI会長であり、仏法の「宇宙即我」「我即宇宙」などの生命観、宇宙観であった。
 対談を終えた博士は、SGI会長を「人生の師」と呼んだ。
 「私が経験したことの内実を吟味し、まさに新たな人生哲学に昇華しえたのは、池田先生という並外れて魅力的な、傑出した深い人格と出会い、語り合えたからにほかならない」と。
 06年11月、モスクワでの「池田大作写真展」の開幕式に出席。12年11月にも、本紙に語らいの思い出を寄稿するなど、博士のSGI会長に対する敬愛の念は終生、変わらなかった。
 昨年11月12日、博士は69歳で逝去。早すぎる死に接したSGI会長は、エカテリーナ夫人に万感こもる哀悼の言葉を送った。
 その5日前、若田光一飛行士の乗る宇宙船「ソユーズ」が、国際宇宙ステーションとドッキングしたニュースが届いていた。
 宇宙の探求の旅は続く。それは自然との調和を目指し、生命尊厳の未来を開くものであってほしい。対談集の最後に博士の残した言葉が、心に響いてくる。
 「宇宙は美しい。地球は美しい。人間は美しい。その究極の美を、池田先生とともに輝かせていきたい」

   (聖教新聞 2014-02-08)